弥生室内管弦楽団のご紹介
弥生室内管弦楽団はなかなか個性的な集団です。その一端をご紹介させていただきます。
○名称の由来
邦楽の団体と勘違いされることもありますが、千葉大学管弦楽団のOB,OGによって組織されたアマチュア・オーケストラです。千葉大学が千葉市弥生町に所在していたことが名称の由来となっています。現在は他大学のOB,OGの参入者も増え、OBオケの様相は呈していません。
○室内管弦楽団とは
一般的にはフル・オーケストラと数人による室内楽との中間的な規模のオーケストラを指します。
チェンバー・オーケストラとかサロン・オーケストラと同義です。室内楽のようにメンバー同士がアイデアを出し合い、話し合って練習を進め、聴き合って考えながら演奏することを重要視する意思を表しています。指揮者とプレイヤーは同等という認識ですから、市民オーケストラと異なり指揮者のことを誰も「先生」とは呼びません。
○指揮者は
創立時よりずっと小出英樹が担っています。一人の指揮者と40年以上続いているのはあまり例がないかもしれません。小出は2018年に「わらべうたは死なず」を出版した日本伝承音楽の研究者で作曲もします。作曲の師は水野修孝です。
○演奏会は
創団当初は1年に1回でしたが、10年目を過ぎてから2年に3回になりました。特に定期公演とは称してはいませんが、実質的にはほぼ定期公演になります。会場は2010年以降、第一生命ホールが中心です。練習は主に板橋区と船橋市、千葉市の施設で行っています。
○メンバーは
千葉県、東京都在住者が多いですが、遠方より練習に駆けつける人も少なくありません。宮城、三重、栃木、福島県在住の団員もいます。
○こだわりのプレイヤー
打楽器奏者のN氏は、あの山田一雄の指揮でマーラーの全交響曲のティンパニーを叩いた世界でただ一人の人物です。古典楽曲では、扱いが難しい手締め本革のバロック・ティンパニーを使用しています。クラリネット奏者はB管、A管はもちろんのこと、C管、Es管に加えてバス・クラリネット、バセット・ホルンまで作曲家の指定通りの複数のクラリネットを持ち替えて演奏します。
○レパートリー
古典派が中心ですが近代・現代まで幅広く扱います。ハイドン、モーツァルトの主要管弦楽作品はもちろん、おそらく最初にシューベルト・チクルスに取り組んだアマチュア・オーケストラです。これまでにベートーヴェン、シューベルト、シューマン、ブラームスの全交響曲を演奏しました。ミヨー、ストラヴィンスキー、コダーイ、バルトークらの近代、現代曲をはじめ、室内管弦楽団としては破格の大編成となるマーラーの「大地の歌」や交響曲第4番、シベリウスの交響曲第5番も演奏しました。特に邦人作品は創立時より積極的に扱っています。2023年には武満徹、別宮貞夫、伊福部昭の3人の作品を一挙上演しました。現在<水野修孝プロジェクト>が進行中です。
○初演もあります
ショスタコーヴィッチの組曲「ハムレット」の国内初演。水野修孝の交響組曲「イノセント・ムーン」、「オーケストラ2004」、小出英樹の「序・破・急」を世界初演しています。
○声楽作品も
声楽家、故鈴木賀子氏が主宰する合唱団との共演で、「第九」をはじめ、「天地創造」などの合唱付き管弦楽曲の演奏実績があります。またこれまでに共演した独唱者は鈴木賀子氏、池田理代子氏、高原亜希子氏、兎束康雄氏、加耒徹氏ら10人を超えています。
○原典重視の演奏姿勢
創団当時は「ベートーヴェンを大暴れして演奏したい」というやんちゃな集団でしたが、次第に原典重視の演奏姿勢に収斂しました。使用楽譜は最新の原典版、校訂版を使用します。楽譜に書かれている反復記号は全て履行し省略しません。古典楽曲ではノン・ヴィブラート奏法も取り入れ、トリルは上の音から始めます。
シューマンの交響曲第4番やドヴォルジャークの交響曲第7番では初稿で演奏し、ベートーヴェンの交響曲第5番では第3楽章の中間部が2回現れるギュルケ校訂版をいち早く日本で採用しました。2025年のメンデルスゾーンの第5交響曲も初稿による演奏です。
○ヴァイオリン両翼配置
ヴァイオリン両翼配置での演奏は今では珍しくありませんが、1984年の創団当時は全世界的にみても極めて少なく、国内のアマチュア・オーケストラではほとんど唯一の存在でした。もちろんこの配置も原典重視の一つであり、このこだわりは40年以上変わっていません。
○チラシとプログラムの解説
チラシ裏面の解説やプログラムの解説も個性的で、近年はこれを読むのを楽しみに演奏会に訪れるファンもいます。
○多彩な協奏曲の共演者
ピアノ(稲生亜沙紀氏、串田真理氏)やヴァイオリン(宮川正雪氏、瀬崎明日香氏、時田麻子氏)のほか、ギター協奏曲(宗形唯氏)やマリンバ協奏曲(小森邦彦氏、會田瑞樹氏)も取り上げています。
指揮者紹介:小出 英樹
千葉大学大学院教育学研究科修了。作曲を水野修孝、日本音楽学を樋口昭に師事。在学中に水野修孝と芥川也寸志の薫陶を受ける。弥生室内管弦楽団指揮者。市原フィルハーモニー管弦楽団、幕張フィルハーモニー管弦楽団、八千代交響楽団など、千葉県内の市民オーケストラの指揮者も務める。古典派~ロマン派のレパートリーに加え、恩師・水野修孝の大曲、交響組曲「イノセント・ムーン」や「オーケストラ2004」の世界初演を成功に導くなど、邦人作品の演奏にも力を注いでいる。
2018年に著書「わらべうたは死なず」を出版。2019年より帝京大学医療共通教育研究センター・准教授、2020年より帝京平成大学人文社会学部・准教授を経て、2024年より帝京大学板橋キャンパス・客員講師。日本民俗音楽学会および東洋音楽学会会員。
弥生と作曲家 水野修孝先生
日本を代表する現代音楽の作曲家である水野修孝先生は世界最大級の交響曲である「交響的変容」全4部作や、オペラ「天守物語」、交響曲第1番~第5番、「ジャズ・オーケストラ73&75」、指揮者と8人の打楽器奏者のための「鼓」、「声のオートノミー」などの作曲家として知られています。近年、全音楽譜出版社から交響曲第1番~第4番のスコアが出版されました。
水野先生は千葉大学教育学部で教鞭をとられ、また千葉大学管弦楽団の指揮者を長年務めておられました。当団創立時からの古参メンバーの多くは、指揮者としての水野修孝の薫陶を強く受けています。音楽の縦線を合わせることに終始しがちな職業的な指揮者と異なり、水野先生の指揮は横の線へのこだわりが強いのが特色でした。また和声分析など、作品の本質に迫る解釈で多くのメンバーに影響を与えました。特に1981年に作曲家自身の指揮で初演した「オーケストラ1981」の演奏体験は学生に鮮烈で強烈な印象を残しました。
水野先生の主要作品は600人の演奏者を要する「交響的変容」に代表されるように、マンモス規模の大オーケストラのための作品が多く、当団では残念ながら演奏不可能と諦めていました。しかし2015年に思いもかけず、作曲者本人からミュージカル「イノセント・ムーン」をオーケストラのみで上演可能にした交響組曲「イノセント・ムーン」の初演が託されました。ところがそれはドラム・セットやエレキ・ギター等を含んだ室内管弦楽団の範疇を超えた大編成規模で、演奏時間も60分の大作でした。
幾多の困難を乗り越え、なんとか初演を成功させたのを皮切りに、団として<水野修孝プロジェクト>を発足させ、これまでこの作品を含めた9作品を演奏してきました。現在はおそらく水野修孝作品を世界で最も数多く演奏しているオーケストラのはずです。メンバーは40年経った今、少しずつ恩返しをしています。